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根無草冒険手記

雑多になんか色々と

うさぎ小屋の住人

何も無いものへ価値を付加する事は可能であるか?この問いには全力で「Yes」と答えたいです。
姿形無き物にも価値を見出す。この行為の何と尊い事か。

 

人類の発見物の中で、最も偉大な発見であるとされるのが、実は数字の「0」である、と言われて居るように、何も無いものにも価値は存在しているのです。

 

数字の0が無ければ、人類は天にも届くような巨大な建造物の建築は出来なかったし、我々が普段使っているコンピューターも生まれなかったのです。
世界の共通数字として、アラビアの数字が使われているのも、数字の0を発見したのがアラビア人だからであります(多分)。

 

日本ではこの0が無かったので、江戸時代の頃にあった高度計算式の和算の文化は後世に残る事が出来ずに、今では殆ど知られていない文化になってしまいました。
なので日本の漢数字には0が無いのです(零の文字は後に日本に0が入って来たときに当てられた当て字)。

 

そして0が無いので日本では桁数の多い数字を使うのに、態々「億」とか「亥」とか「黄河砂」とか「那由他」とか「無量大数」という、矢鱈とかっけえ響きの桁を用いねばならないのです。

 

何を突然書いているのかと思われた方も多いと思いますが、今日は何やら8/21で「バニーの日」らしいのですよ。
そんで、どこぞで誰かが「乳の無いバニーに価値なぞ無い」と申されたのを目にして「いやいやいや。否否否。間違ってるでしょうそれ!」と思ったのでこういう書き出しになった次第です。

 

でもホント世の中には存在しないものに対してもっと価値を見出すべきですよね。
こう、例えばハゲたオッサンの頭を見て「オッサン、その頭皮をメモ帳にすれば髪が無いけど紙の代わりになるんじゃねえの?」って思ったりするのも、無いものへ価値を見出す尊い行為だと思うんですよ。

 

そんなこんなでバニーの日なんで色んなバニーの図を貼って置きます。

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時に、運営がカジノ施設を考案したのって、一年中好きな時に人目を憚らずバニーガールが見られるからだろうと勘繰っております。